【カフス】 できる男の袖口研究

できる男は「袖口」にまで気を配っています。ビジネスウェアは良いスーツを着れば「はいおしまい」ではありません。「袖口」という細かい箇所にまでこだわりを持っています。そんな男たちのビジネスウェアの数々。味わってみませんか?

【ダンヒル】

「できる男」の袖口研究
【 ダンヒル 】




●1880年に馬具専門製造卸売業として生まれた、ダンヒル。1893年から衣類や小物の製造業に乗り出し、主にメンズブランドの一流メーカーとしての地位を築き上げた。

 アルフレッド・ダンヒルのその斬新なアイデアや、こだわった男としてのポリシー。特に【 黒 】を使いこなすデザインは、他のどのブランドよりも優れている。

 まさに歴史と共に英国紳士に愛されたダンディズム。

 アルフレッド・ダンヒルはある時こう言っている。

 「車愛好家の方々に接した販売を通じて、一流の目を持ったお客様のご要望に応えられる製品を提供し続けていれば、ビジネスが成功するにいたるのは時間の問題にすぎません。そして、値段というのはそれほど重要なポイントではなく、あくまで大切なのは、クオリティなのです。」


 G.M.T コレクション
 JS2001K
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 JS8230K



【トンプソン】

「できる男」の袖口研究
Thompson(トンプソン)




●デザイナーであるアリエル・トンプソンの名からとったブランドです。


 アリエルは、南アフリカ出身。若い頃、マーケティングを学ぶためヨーロッパへと旅立ち、高級ブランドを扱うお店を立ち上げました。


 その後、ロンドンへ渡り、ロンドンを拠点とする有名アクセサリーメーカーのデザイナーとなります。


 そこで、彼は自身の持つ才能を存分に発揮することで、その地位を確固たるものとしました。


 そしてデザイナーチーフとなった彼は、彼自身独自のブランド、「アリエル・トンプソン」を立ち上げるのにいたるのです。



●アリエル・トンプソンのコレクションは全て、ベースのメタルにロジウム加工をかけています。


 プラチナ系金属であるロジウムは変色に強く、いつまでもその輝きを持続すると言われています。

 また、世界的にそのレーザーカットによる精巧なカットで知られるスワロフスキークリスタルを組み合わせることで、より洗練された輝きを放つデザインに仕上げています。


 Thompson・・・。そんな彼のこだわりと、感性、知性が紡ぎだす、こだわりのブランドなのです。



 BTS843 シリーズ



【クリスチャン・ディオール】

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クリスチャン・ディオール




●リュシアン・ルロンのメゾンで働くクリスチャン・ディオール(Christian DIOR)の才能に目を止めた木綿王マルセル・ブサックの援助で1946年に独立。パリ・モンテーニュ通り30番地に店を持つ。


 1947 S/S コレクションでパリにデビュー。ペチコートで膨らませた曲線を強調したゆったりなだらかな肩に細く絞ったウエスト、くるぶしまであるロングスカートという優美なスタイルの「花冠ライン(Ligne Corolle)」を発表。そのシルエットの美しさに驚いた「ハーパース・バザー(HARPER'S BAZAAR)」の編集長カーメル・スノウが「これはまさにニュー・ルックね」と言ったことから、「ニュー・ルック」と呼ばれ、世界のモード界に旋風を巻き起こした。


 その後、48年に「ジグザグ・ライン」、50年に「パーティカル・ライン」、51年に「オーバル・ライン」、52年に「シニュアス・ライン」、53年に「チューリップ・ライン」、54年に「Hライン」、55年に「Aライン」、56年に「アロー・ライン」と、次々と新しい手法を生み出し、「流行の神様」とも呼ばれ、現代にも多大な影響を与え続けている。


 57年、イタリアの湯治場モンテカティーニにて、心臓麻痺で52歳の若さで急逝。1957 S/S コレクションが最後の仕事となった。毎コレクションで発表するアイテムの1つに、必ず愛犬「ボビィ」の名を付けて発表していた、逸話もある。


 パリ・オートクチュール全盛期の先端を担った名デザイナー。アシスタントだったイヴ・サンローラン、ピエール・カルダン、ギィ・ラローシュたちを育て、57年秋に他界した後は、58〜60年はサンローラン、61年以後はマルク・ボアンがメゾンのクチュリエとして創作活動を指導している。


 その後、マルク・ボアン、ジャンフランコ・フェレと引き継がれ、1997年からはジョン・ガリアーノがデザイナーとして君臨。


 現在、「LV モエヘネシーグループ」に属する。


 2003年12月7日、東京・表参道にクリスチャン・ディオール表参道店をオープン。地上4階から地下1階まで、レディースウェアやメンズウェアであるディオール・オム、バッグ等の小物やシューズ、ファインジュエリー等を扱っている。



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【エルメス】

「できる男」の袖口研究
【 エルメス 】




●エルメス (Hermès) は、フランスのエルメス社が展開するファッションブランド。


 エルメス社は馬具工房として創業した。しかし、自動車の発展による馬車の衰退を感じ、皮革製品(鞄や財布)に事業の軸足を移し成功しました。


 現在でも、馬具工房に由来するデュック(四輪馬車)とタイガー(従者)がロゴに描かれています。

 しかし、ロゴに主人は描かれていません。それは・・・

 「エルメスは最高の品質の馬車を用意しますが、それを御すのはお客様ご自身です」

 という意味が込められているためです。


 何ともニクイ心配りじゃないですか。



●それでは、簡単に歴史を紐解いてみます。

 エルメス社の母体は、ティエリ・エルメス(1801年〜1878年)が開いた馬具工房です。

 馬具ブランドとして最高の品質で、馬具ならエルメスといわれるほどの評判だったそうです。ナポレオン3世やロシア皇帝などを顧客としてとも言われています。


 ティエリの孫にあたる3代目のエミール・モーリス・エルメス(1871年〜1951年)は事業の多角化に着手。


 バッグ、時計、香水等のデザイン、製造、販売のすべてを手がける会社となった。

 今でも女性のハートを射止め続けるケリーバッグは1935年に発売されていたが、当初は「サック・ア・クロア」(sac-à-croire)と呼ばれていました。

 後に女優のグレース・ケリーが愛用したことは有名で、特にカロリーヌ皇女を懐妊し、写真を撮影された時とっさにお腹を隠したのがこのバッグだったことから世間一般でも知られるようになり、1955年に正式に改名されました。

 「サック・ア・クロア」=ケリーバッグは本来、サドルバッグ(鞍に付けるバッグ)を婦人用に改良した物だったのです。


 ケリーと同様の人気を誇るバーキンの名も、当時のエルメス社社長であったジャン・ルイ・デュマ・エルメスが飛行機の中でたまたまイギリス出身の女性歌手ジェーン・バーキンと隣合わせになったことから始まりました。

 彼女はボロボロの籐のカゴに何でも詰め込んでいました。それを見たデュマは彼女に整理せずに何でも入れられるバッグを作らせて欲しいと申し出たというエピソードが残っています。


●このように、エルメスのバッグには発注者、最初の所有者の名が付いたモデルが多く存在します。

 比較的時代が新しいものでは、スーパーモデルのエル・マクファーソンが発注したエル、日本人男性が発注した大型旅行鞄マレット・タナカがあります。



●日本では女性の支持率が圧倒的に高いエルメスですが、バッグなどでは男性からの支持も高く人気も絶大です。

 フールトゥやエールラインは価格も手ごろな為に定番バッグとして活用している人も多いでしょう。



●2004年、マルタン・マルジェラの後継として、ジャン・ポール・ゴルティエがデザイナーに就任。

 2004年パリ・コレクションではエルメスの伝統である馬具・皮革製品を意識し、オレンジ・黒を中心とした鋭角的でかつブランドの風格を意識したデザインを発表しています。



 ◆マリンシルバー925
 ◆エクリプスシルバー



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